ナポリ

翌朝は早めに出発しナポリを目指す。ひたすら国道を走り、11時前にはナポリの近郊へと迫っていた。ナポリの交通状況については、もう色々なところで色々なことが言われており、少しずつ緊張が高まってくる。曰く、信号はほんの参考程度で、殆どは無視される。ラッシュの時の渋滞とクラクションの洪水は阿鼻叫喚を呈する。こすろうがぶつかろうが、袖すりあうも多生の縁。そこでは一体どのような地獄絵図が繰り広げられているのだろう。我々の想像を絶する世界が広がっているに相違ない。ただ一人のドライバーである私は、つまらない冗談を言って不安を紛らわせるだけだった。

いよいよ、ナポリだ。まるで、下りにさしかかったジェットコースターの先頭に乗っている気分で町の中に突入。おお、本当に、本当に、どの車もみんな赤信号を突っ切って走っているではないか。もちろん、横からは車が来ないからではあるが、とにかく自分も含めて全ての車が赤信号を無視して交差点を通り抜けているのだ。驚くべき事に、前の方にはパトカーがいて、そいつも一緒に無視している。問題は、停まるチャンスが無いものだから、どこを走っているか地図で確認することが出来ないことだ。とにかく車を安全そうな場所に停めて、町の概要を再確認し、自分のいる場所を確認し、ついでにホテルのあたりをつけることにした。

ミシュラン・イタリアによれば、この町中の喧噪というかカオスを少しはずれたところに Britanique なるホテルがあるらしい。とにかく、上の方に上っていけばなんとかなりそうだ。適当にヴォメロの丘の方にじわじわと上っていけば、果たしてホテル・ブリタニックが現れた。玄関前に車を停めて、飛び込みで空き部屋の有無を確認、しっかり2部屋確保できる。ツインで20万リラだから、日本のビジネスホテルより安い。部屋からの眺めは素晴らしいものだった。丘の中腹にあるので、部屋からはサンタルチア港からナポリの町、そしてヴェスビオ山まで見渡せる。眺望ならば、港近くの高級ホテルよりも良い。S夫妻の部屋は角部屋で更に開放的だ。これはお薦めのホテルだ。

落ち着いたところで、町を散策することにする。フロントで渡されたホテル手製の案内には、「危険だから宝飾品、ブランドもののバッグなどは身につけず、派手な格好はせず・・・」と、まるで宗教的な場所に赴くときのような注意書きがイラスト付きで書いてある。普通の観光客なら引いてしまうよ。だが、こちらには特製ダブル・ポケット・ズボンに催涙ガスと、万全の装備がある。町に下りて行くが、ちょっと賑やかなだけで、スリでない人は全てドロボウと言うわけではなさそうだ。そんな中で、リラの手持ちが殆ど無いことを思い出し、街角の無防備なキャッシュ・ディスペンサーで現金をおろすという、ライオンの檻でステーキを食べるが如き荒技に挑むことになる。とにかく現ナマが無ければピザも食べられないのだった。無事、リラを手にして更に繁華街に向かって進む。

スパッカ・ナポリに向かう通りは、どんどん猥雑度が高まってくる。横丁を見れば、丘に向かって上る細い路地の左右の建物の窓からはためく万国旗のような洗濯物。まさしくナポリタンな風景。路地の片隅では、小さなテーブルの上にポケット・ティシューを積み上げて売っている老婆、大鍋でトウモロコシをゆでて売っている巨大ジャガイモのような腕のおばさん、全てがハイパー・リアルなリアリズム。ふと、小さな広場に出た。そこはケーブル・カーの駅だった。フニクリ、フニクラ。角の菓子屋で昼飯がわりににジェラートを買って食べ、フニコラーレ初体験。別に観光用ではなく、丘に住む人たちの毎日の足だ。ケーブル・カーと言っても全線トンネルの中で、景色が見えるわけではない。一応、一番上まで行く。そこは、普通の街角。先ほどのジェラートで腹具合が不安定になり、急いでホテルに戻った。

夕方になり、再びS夫妻とホテルのロビーで待ち合わせて夕食に出かけた。ミシュランお薦めのレストランは夏期休業中で、港近くの賑やかな所までひたすら歩いた。そぞろ歩く人も多くなり、この辺りならどのレストランを選んでも良さそうだった。あたりを付けた、とあるレストランのテラス席に陣取る頃には日も暮れてサンタ・ルチア港を撫でて吹く風が肌に心地良い。昨日が侘びしいディナーだったので、今晩は盛り上がろうと色々なアンティパストにピッツァにリングィーネをわいわい頼み、がぶがぶとワインを飲み、もうセコンドなんて入らないというくらいになる。存分に楽しんで賑やかな港界隈を後にホテルに戻る。途中、ライフルを構えた兵士達が町のそこここに出ていて不思議な感じがした。その後、イタリアの駐在員にきくと、その頃ナポリでは暴力団の抗争で流れ弾に当たるなど子供を含め市民が巻き添えになる事件が続発し、治安維持のために一部軍隊まで投入されていたらしい。どうりで安全なわけだった。雑魚の泥棒達はなりをひそめていたのだった。まあ、知らないものの幸せ。路地裏を通るときにはポケットの催涙スプレーに手をかけ、ホテルまでの丘の道を上っていった。