アン・ベント・シルヴプレ

仕事場は空港の近くの工業団地の中だったので、昼は団地の中の会社共用のカフェテリアかショッピング・センターのレストランで食べていた。カフェテリアの方は何を食べても味が均一であまり美味くなかったので、次第にショッピング・センターのレストランに行くようになった。そこは、クスクス、中華、ピザ、フランス風のそれぞれのコーナーが組み合わさったセルフ・サービスのところで、そこのクスクスとピザは町のピツェリアやクスクス屋に勝るとも劣らなかった。ピザも注文してから生地を叩いて、伸ばして、焼くというやり方でコシがあったし、クスクスもセムールにぶっかける野菜スープが本格派、メルゲスのオリエンタルな味が舌にぐっとくる。

しかし、それも飽きてきた頃、市内の日本料理屋による宅配弁当を使うようになってきた。工業団地は市内から20キロ以上あるが、日系企業も多いので特別に配達サービスがあるのだった。幕の内風だが、量も多くかなり贅沢な内容で値段は55フラン。クスクスもピザもそのくらいにはなるので、日本食であることを考えればたいへんなお値打ちだった。日本でもこれだけの内容で配達付き1000円だったら十分安い。日替わりで、月初めにその月の献立が配布される。朝の10時までに電話で注文するのだが、電話を受けるのはレストランで働いている外国人(日本人でもフランス人でもなかった)らしく、日本語はわからなかった。そこで、いつも「アン・ベント・シルヴプレ」と言って注文していたのだった。出張者が来ていたりすると「トロワ・ベント・・・」となったりする。フランス語では Plateau-dejeuner とか言うようだったが、なんとなく「弁当」と言って注文したかったのだ。

その後、宅配サービスをしてくれる料理屋が変わったようだが、弁当自体は健在で、今でも毎日昼前には2ダースの弁当を積んだバンが1号高速を北上しているのだろう。

シャンゼリゼ通りの近くにアラン・デュカスが出したフランコ・ジャポネーズ的無国籍料理の店が話題になっている。SPOONという名前で、るるぶフランスにも出ているくらいだから、日本人も沢山詰め掛けていることだろう。その中に、BENTOというのがあるそうだ。150フランくらいらしいが、アン・ベントと言って注文していたお弁当も出世をしたものである。あのぺなぺなの白い樹脂の容器に入れられて「ほか弁」を思い出させるような味わいはもう失われ、気取った入れ物にちょこっとだけの食べ物が乗っかっているのだと思うが。