聖母マリア頌歌集

カンティガス聴き比べ

13世紀のスペイン、レコンキスタのただ中に王位にあった賢王(エル・サビオ)と呼ばれるアルフォンソ10世が編纂した400曲あまりからなる、中世のマリア信仰による民衆宗教歌の数々。 当時、抒情詩に適するとされた中世ガリシア語で書かれている。 ガリシア語は殆どポルトガル語に近く、巡礼の本拠地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラやビゴ、ラ・コルーニャなどでは今も話されている。 レコンキスタでセビージャをイスラム教徒から奪還したのが彼の父親が王位にあったときということからも分かるように、当時スペインの南はアラブ文化圏だった。 そこで、アラブとカトリックの文化融合が起こっていたはずであるということから、アラブ色を含めた演奏が増えている。 このような昔の曲は解釈がいくらでも出来るので、CDによる演奏もヴァラエティに富んでいる。

Las Cantigas de Santa María (Colección de Música Antigua Española)

(Hispavox)
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その昔、「アルフォンソ賢王の聖母マリア頌歌集」と言えば、このアルバムだった。 イスパヴォックス・レーベルのスペイン古楽集成第1巻。 まだ若く気鋭のグレゴリオ・パニアグァ一派による気合いの入った器楽演奏。 最近のアラブ色の強いカンティガ演奏とは異なり、西欧古楽としてのアプローチだが、音楽学的な考証はきっちりされていることが伺われ、ことさらにファンタジーを飛翔させてしまったような演奏とは一線を画すが、聴いていると中世スペインの情景が浮かんで来る。 パニアグァ率いるアトリウム・ムジケーの演奏も後年のドタバタには至らず、程良くフレッシュであり、全てにおいてバランスがとれている。 アナログ時代の録音だが、現在でもカンティガを聴くのに欠かせない一品。

EL SABIO - Sequentia

(DHM 05472 77173 2)
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バーバラ・ソーントンとベンジャミン・バグビーを中心とするグループ、セクエンツィアによるカンティガは、3枚のシリーズ「イベリアの声」の第3巻。 中世音楽のスペシャリストだけに、声楽主体の宗教曲としてのアプローチ。 器楽も入るが、声の印象が強い。 全体として、楷書体の雰囲気。 意外とこのような演奏が少ないのでかえって貴重である。

VISIONS & MIRACLES - Ensemble Alcatraz

(Nonsuch 9 79180-2)
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アメリカは西海岸のグループ。 アルフォンソ10世の聖母マリア頌歌がメインではあるが、2曲だけ「ラス・ウエルガス写本」のラテン語によるプローザとコンドゥクトゥスが含まれる。 そこはかとなくアラブ色も漂うが香り程度。 全体的に風通しが良く、不思議な演奏。 低音の楽器も無く、腰の軽い音調であることも、そんな印象を強めている。 その代わりサヴァールやパニアグァの演奏が持つ滋味のようなものは感じられない。 「幻視と奇跡」というタイトルだが、デュファイ・コレクティヴも「奇跡」というタイトルを付けていた。 もちろん、歌の内容がマリア信仰による奇跡を取り上げたものが多いということによるのだろう。

PODER A SANTA MARIA - Sinfonye

(Almaviva DS 0110)
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アンダルシア・カウンシルによるレーベル、アルマビーバのカンティガ集は、イギリスのグループ、SINFONYEをフィーチャー、リーダー格のスティーヴィー・ウィシャート以下、全部で4名。 その中でヴォーカルで参加しているヴィヴィアン・エリスはデュファイ・コレクティヴのアルバムでもゲスト出演。 演奏としては、楷書体と言うか、羽目も外さずかっちり押さえたという感じ。 いかにも中世古楽という感じ。 アルバムの作りがまじめな分だけ、デュファイ・コレクティヴより好感が持てる。 ライナー・ノーツはスペイン語のみだが、充実している。 歌詞も中世ガリシア語と現代スペイン語の対訳のみ、ううむ、輸出は考えていないのだろうか。

CANTIGAS DE SANTA MARIA - Esther Lamandier

(Astrée Auvidis E7707)
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エステル・ラマンディエさんは、LP時代にセファルディのロマンセを取り上げて、ごく一部で盛り上がっていた。 その頃、来日もしてコンサートも開いていた。 石丸電気でサイン会までやっていたのだった。 現在は、主にアルメニア等のローマン・カトリック以前のキリスト教の音楽に光を当てる活動をされている様子。 彼女のカンティガのアルバムは、その中間点でアストレ・レーベルに録音したもの。 全曲、一人による演奏。 しかも、歌も歌い、ヴィエールも奏で、ポルタティーフ・オルガンも弾くという千手観音状態。

CANTIGAS DE SANTA MARIA - Joel Cohen, Camerata Mediterranea

(Erato 3984-25498-2)
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私の聴いた中では最新のカンティガ。 アラブとのクロス・カルチュラルな解釈という点では最右翼かもしれない。 何しろ、モロッコはフェスのアラブ・アンサンブルとの競演なのである。 やり過ぎと言う人もいるかも知れないが、ここまでやれば立派。 声楽部分も、かなりエスニック色を強めている。 数曲のカンティガを挟む形で、ヌバという組曲形式のアラブ音楽が部分的に配置され、よりムデハルな感じが強くなっているのだ。 13世紀のスペインはアルフォンソ10世が王様だったカスティーリャ・レオンこそ西洋だったが、グラナダ、コルドバではアランブラ宮殿にメスキータと、アラブ文化真っ盛りだったことを実感させる。

WAVES OF VIGO - Freiburger Spielley

(Ars Musici AM 1230-2)
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こちらはカンティガを肴にポップ・トラッドをしてしまったディスク。 一応旋律はオリジナルからとっているけれど、電子楽器は入るは、フォーキッシュなフレーズは舞い込むは、といった感じで、そういったものとして聴かないと違和感だけが残るかも知れない。 私には十分楽しめる演奏。

Alfonso X El Sabio - Jordi Savall, La Capella Reial de Catalunya

(Astrée Auvidis E8508)
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ジョルディ・サヴァールによるこの演奏は、パニアグァのアプローチをより声楽的にしたものと言える。 今日、これが本命盤かも知れない。 ビンクレーのちょっとアラブ風なアルバムにも参加していたモンセラート・フィゲー^ラスも参加しているが、ここでは、全体のイメージに溶け込んで古雅な雰囲気を出している。 声楽主体の演奏だが、エスペリオンXXの伴奏もツボが決まっているし、パーカッションの効果も十分。

CANTIGAS DE SANTA MARIA - Ensembel Unicorn, Vienna

(Naxos 8.553133)
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NAXOSレーベルにも聖母マリア頌歌集が1枚ある。 ウィーンのアンサンブル・ユニコーンの演奏は純粋な古楽としての演奏で、ピレネーのこちら側という感じでもある。 4曲は変な癖もなく、純粋に曲を楽しめるし、単に真面目だというのではなく、雰囲気がある。 玉石混淆のNAXOS(別にNAXOSだけではなく、どのレーベルも同じなのだが)の中では玉。 更に、このCDは録音が優秀で、自然な臨場感とリアルな音像がシャープに決まり、オーディオ・マニア向け。

CANTIGAS DE SANTA MARIA - Thomas Binkley, Schola Cantorum Basiliensis

(DHM)
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1980年のアナログ録音。 このあたりから、カンティガの演奏にアラブ色を加えた演奏のはしりかもしれない。 各曲頭のリュートによる即興的な伴奏から始まり、じっくりと雰囲気を作り上げていく。 1曲目 Strela do Dia のモンセラート・フィゲーラスの表情の濃い個性的な歌唱が素晴らしい。 2曲目は12分もかけているが、5曲目、カンティガ195番の Quena Festa e o Dia に至っては27分かけている。

MIRACLES - The Dufay Collective with Vivien Ellis

(Chandos CHAN9513)
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他のアルバムとは趣が異なり、イベリア文化とかアラブの影響とか言ったことより、西欧の民衆音楽的な側面から光を当てたカンティガ。 デュファイ・コレクティヴ自体が器楽アンサンブルの為、伴奏が多彩で面白い。 しかし、あたかも中世舞曲集を聴いているような感じで、宗教色とか中世のマリア信仰とか言ったファクターは殆ど感じない。 ヴォーカルに Vivien Ellis という女性をフィーチャーしている。 パッケージが変わっていて、いわゆる紙ジャケットの変形版。 開くとクロスの形になり、縦軸にあたる部分には横尾忠則かと思うような極彩色宗教画像のコラージュ。 解説は英語のみで非常に少ない。

CANTIGAS DE SANTA MARIA - Rene Zosso, Ensemble Micrologus

(Quadrivium SCA014)
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ペルージャの小さなレーベル、Quadriviumから出ているアンサンブル・ミクロログスの演奏。 こちらも民衆音楽的なアプローチだが、デュファイ・コレクティヴに比べるとお行儀の良さが少ない分、真実味がある。 比較的西欧風で、楽器の使用も控えめだと思っていたら、4曲目は少し逸脱していて面白い。 アラブ的というのとは違うかも知れないが、地中海的というのだろうか?